五十八歳、山の家で猫と暮らす 平野恵理子著
「この本の原稿は、自分で勝手に書いたものだ」とあとがきに書かれている。出版されるものは注文を受けてから執筆を手がけるのが一般的なのだろう。
以前、作家とその担当編集者の役割を語る講演を聞いた事があった。私はそれまで作家に執筆を促す編集者の仕事をまるで理解していなかった。その講演で作家と編集者の二人1組で作品が作られていくのを知った。作家を世に送り出す編集者の努力がなければ多くの作品には出会わなかったのかも知れない。作品のあとがきで編集者への感謝の言葉が載せられているのはそんな事情もあるのだろう。
平野恵理子はイラストレーターとして知る人も多いであろう。山と渓谷社の「ヤマケイ」でイラスト付きエッセイを読んだのが始まりだった。歳時記、散歩、着物等のエッセイで文章と共に描かれている豊富なイラストを楽しんでいた。彼女は長く東京に留まっていたが、ここ数年は八ヶ岳山麓の山の家からのエッセイが多い。
作者の山荘周辺は根雪になるほど雪深い場所ではないが、雪への準備は必要不可欠である。にも関わらず雪掻きスコップの用意もせず冬を迎えようとしていた。隣家の夫妻の親切がなければ雪を迎えることもできなかっただろう。「雪の章」の雪掻き描写はとても情景がよくわかる。しんどい労働なのだがなんと気持ちの良いものか。空の青と雪の白の対比が目に眩しい。
老年期を迎えた著者は母の思い出の詰まった山荘で春夏秋冬を何回繰り返すだろう。積み重なっていく四季の移ろいをこの先も伝えて欲しい。