逃げるな新人外科医「泣くな研修医」 中山祐次郎著
著者は外科医である。そのこともありとてもリアルな内容だ。新人研修医であるからこその頼りなさがよく描かれている。人の生死を扱う現場の緊張感が小説を通して感じられる。人間味は溢れているがこの新人外科医が担当医になると不安でたまらない気もする。
手術前に大丈ですよね、と問われ大丈夫です、と言ってもらえれば患者も家族も安心できるが、術後何らかの原因で大丈夫ではない状況に陥った時、大丈夫って言ったのにと訴えられたくはないだろうなぁ、と一言の重さを考えさせられた。
鹿児島に住む母との短い時間の会話が辛い。能弁ではない母の不安な様子を著者は感じ取っているのに目先の忙しさを優先させる主人公がとても歯痒い。父も母も外科医となった息子から不安を払拭する言葉をもらいたいだろうに、仕事で疲れ切っている息子に迷惑をかけないことを優先し、訴えたい言葉を飲み込む。母との電話の短いやり取りはいつも疑問符がついたままの先送り。
結局先送ったことに絶望的な思いを抱くことになってしまうのだが。
自信を持った言動はすぐには生まれない。数限りない失敗の上に自信が横たわるのだから、どの職業についたところで同じである。しかし、生死に関わる医療は何と厳しい世界なのか、と改めて日常私に関わっている先生方に感謝するばかりである。